保阪 正康。 昭和史研究の第一人者が決意の激白〜安倍首相の「歴史観」を問う!(保阪 正康)

昭和史研究の第一人者が決意の激白〜安倍首相の「歴史観」を問う!(保阪 正康)

伊三十六潜「轟隊」昭和二十年六月十七日 左より横田寛一一飛曹、野村英造一飛曹、柳谷秀正一飛曹、久家稔少尉、園田一郎少尉、池淵信夫中尉 遺骨は訓練中に殉職した入江雷太一飛曹、坂本豊治一飛曹 昭和二十年五月二十八日 伊三百六十三潜 轟隊 久保吉輝一飛曹 石橋輝好一飛曹 上山春平中尉 和田稔少尉 西沢(小林)重幸一飛曹 伊四十七潜に搭載した回天の上に太刀、見送りに答える搭乗員 昭和二十年四月十七日 柿崎稔中尉、前田肇中尉、古川七郎上飛曹、山口重雄一飛曹、新海菊雄二飛曹、横田寛二二飛曹 写真は、昭和二十年四月二十二日に二式複座戦闘機「屠龍」にて出撃する直前に写した、「陸軍特攻誠第百十九飛行隊」(指揮官 竹垣全少尉) 菊水四号作戦 第四次航空総攻撃 四月二十二日 誠 第百十九飛行隊(二式双襲) 出撃方面 粟国島南西方 竹垣 全 少尉 (幹七) 溜 洋 少尉 (幹八) 岩上 要 伍長 (小十三) 永久 要 伍長 (小十三) 山本 茂 伍長 (小十四) 菊水四号作戦 第五次航空総攻撃 四月二十八日 誠 第百十九飛行隊 (「写真が語る特攻伝説」には二式双襲一機となっているので他の機種は不明)出撃方面 久米島西方 中村 潤 少尉 (幹八) 小森 興彦 少尉 (特操二) 木原 正喜 伍長 (小十三) 山沢 四郎 伍長 (小十三) 下記の写真は西村眞悟先生のホームページよりお借りいたしました。 「」昭和史を味わう(・()、2014年4月 - 2017年3月、月1回 コーナーパーソナリティー)• 僕より9歳上の半藤さんは、昭和史の取材で旧日本軍の将官・佐官、つまり決定する側の人たちによく会っていた。

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半藤さんが「絶対」を使わない理由 盟友・保阪正康さん:朝日新聞デジタル

半藤さんの、「絶対という語を使わない」「四文字七音に注意せよ」「100年持続せよ」を、私は遺言として受け止めている。 菅首相が、「法的に問題はない。

ノンフィクション作家・保阪正康が語る「『昭和史』からの教訓と、平成の天皇との私的な懇談」

『メディアの迷走 朝日・論争事件』 中公新書ラクレ-2005年• 「ああ、そう」という感じで多くは語らなかったけれども、僕はその推薦文がすごく嬉しかった。 むしろ兵士たちの勇敢さをたたえている。 『戦後日本の「独立」』 半藤一利、、竹内修司共著、筑摩書房-2013年8月• 代わっての各論としての具体的施策で、この任命拒否が示されたことになる。

なかにし礼さんが貫いた「3つの姿勢」 保阪正康の「不可視の視点」<特別編>(3): J

6 、のち「陸軍省軍務局」、「陸軍省軍務局と日米開戦」• しばらくして、対談本、座談会の本などは15冊ほど刊行していることがわかった。 半藤さんとはこの20年、対談や共著など仕事を通じて日常的に話をしてきたが、「自分は『絶対』という言葉を原稿で使わない」と言っていた。

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半藤一利さんは、なぜ史実にこだわったのか 保阪正康の「不可視の視点」<特別編>(1): J

むろんこれは私の目から見てということでもある。

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ノンフィクション作家・保阪正康が語る「『昭和史』からの教訓と、平成の天皇との私的な懇談」

それは当局にとって、隠蔽(いんぺい)すべきことだったでしょうから。 ニューホテル・エイジを拓く 朝日ソノラマ 1980. 『東京裁判の教訓』()2008年• あの教育は相対化を全否定していたのだ。

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保阪正康のおすすめ著書5選!昭和史を語り継ぐノンフィクション作家

私と半藤さんは、そのために講演会などで最後にでも必ず、憲法100年持続説を口にすることにした。 雑談の折にも、100年というのは大切な単位だというのである。 各界から抗議の声が上がり、この問題を「滝川事件」などになぞらえる議論も出始めたが、現代史研究の第一人者は、「いま私たちが最も学ぶべき歴史の教訓は1950年に猖獗(しょうけつ)を極めた『レッドパージ』ではないか」と喝破する。

昭和史研究の第一人者が決意の激白〜安倍首相の「歴史観」を問う!(保阪 正康)

半藤さん自身、軍人の指導層の人々に次々と会っていたのである。 内閣が思いつきでやることに『YES』と言う提言や法解釈しか聞かないとなってしまうことが、今後の日本にとって大変大きな禍根を残すのではないか」(岡田正則・早稲田大教授) 「この問題の被害者は日本の学術によって恩恵を受ける人々全体だ」(松宮孝明・立命館大教授) 個別のインタビューでは加藤陽子・東京大教授は、「なぜ拒否なのか、理由を知りたい」と答えているが、無論これは6人に共通の疑問であろう。 『昭和史七つの謎と七大事件 戦争、軍隊、官僚、そして日本人』(角川新書)2020年7月 共著 [ ]• 『「」と日本人』()-2005• あるカルト教団の悲劇とその本質に、保阪正康が迫る 1937年2月17日、「死のう団」と呼ばれたカルト教団のメンバー5人が、国会議事堂や警視庁などに侵入し、次々と割腹自殺を図る事件が発生しました。

半藤一利さんが「100年」の単位に込めた意味 保阪正康の「不可視の視点」<特別編>(2): J

猿でもエビでもない 保阪正康著『戦場体験者』は、45年前の本多勝一の『中国の旅』が蘇った様な内容です。

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